上野駅

 寒い。雪が降った昨日の朝より寒い。

 上野駅で人が倒れていた。サラリーマンだった。酔っ払って家に帰り、靴も脱がずに玄関で寝た――という感じだった。左手で左の目の辺りを隠すようにしてうつ伏せに倒れていた。ピクリとも動かない。頭の近くに金縁のメガネが落ちていた。フレームは歪んでいた。
 駅員がそばにかがみ、無線で連絡をとっていた。触らぬようにしている感じだった。下手に動かさない方が良い場合だってある。救急車がすぐにくるだろう。
 皆、遠巻きに見ながら通り過ぎて行く。ボクもその一人だ。医者でもないものが付き添っていても邪魔になるだけ。
 倒れていた場所は階段を上ぼり切って数歩のところ。発車のベルがなったので飛び乗ろうと階段を走って上ぼり、そこで倒れたように見える。脚がもつれて転んで頭を打ったのか、心臓なのか脳なのか。回りが静かなので喧嘩ではないようだ。
 一昨年の冬だったと思う。朝、総武線に乗っていたとき、飯田橋駅で飛び乗ってきたサラリーマンが目の前で倒れたことがある。電車に乗り、扉の脇にもたれ掛かったところまでは普通だった。ところが、もたれたとたんに崩れるように倒れたのだ。肩の辺りを揺すり、おい、大丈夫か、と声をかけたら、居眠りしていたところを起こされたように跳び起き、倒れてましたか、階段を走って上ぼったもので――とサラリーマンは言った。ボクと同世代の男でスポーツマンに見えた。
 そのことがあってから、階段は駆け登らないことにした。倒れるのは嫌だ。今朝の風景をみてなお気をつけようと思った。
 汚いタイルばりのホームで一人倒れる……。嫌だ。